蔵元通信2026年7月号
昭和60年代の頃
代表取締役社長 七代目 大井永吉
蔵元通信を始めたのは40歳からになります。今年はもうすぐ67歳になりますので27年間隔月ですから161回目の寄稿となります。文才もないまま何とか日本の食文化・自家の歴史と想いを引き継ぎ、また、社員とその×5人の家族への責任があると先代から言い聞かされ、先々代の「運・鈍・根」を胸に、皆の幸せの為にと虚仮の一念で励んできました。とは言え秋田に帰って40年を過ぎ本当に色々なことがありました。時代によってこんなに変わるのかと今更驚くことが最近は特に多々あります。
昨今は外国人観光客のマナートラブルなどで観光地が荒れることが取り沙汰されますが、私が帰郷したころは欧米の観光地を日本の団体が大声やごみのポイ捨て・腹巻から財布など傍若無人な態度が悪名高かった時代もそう昔ではありません。
携帯電話は私が持ち始めたのがJC活動が忙しくなり始めた30歳のころで、買取はなく補償金が30万円を超え、電話代も数万円と非常に高く、一センチ位の厚みのある替え電池を抱えながら走り回っておりました。後に会頭となった上司を捕まえる為でしたが、なんで私が先に持つの・・・とぼやいた記憶があります(笑)
戦後日本酒のハレのものとしての地位が下がり、酒処秋田のコンパニオンでも「ビールが良いですか?水割りが良いですか?え?酒で良いの?」と言うような始末でした。
当時生酒といえば搾りたて生酒しかなく、冬場でしかも酒屋さんが店舗全体を暖房している所は少なかったので、温度管理をそれほど心配することはありませんでした。そう言えばその頃発売された経済紙プレジデントで、これも新業種だった宅配便を使ったビジネスのモデル紹介として明太子のやまやさんと日本酒の天寿のしぼりたて生酒が紹介されました。明太子は博多だけの特産うまいものとして全国に広がり、酒は宅急便を使うと県外にも販売する事が出来る気づきとなり、全国の酒蔵が宅急便を使うようになりました。しかし、各々の会社としての結果は何という違いでしょう。
他にも始めたのが昭和61年開始の頒布会。秋田県は全国的に酒処として有名で、酒造組合の技術委員会等でも技術力や特定名称酒の品質に自信を持っているのにもかかわらず、とにかく特定名称酒比率が非常に低くかったのです。関西は特級市場・関東は一級市場・東北は二級市場で消費量は多いのですが、特級・一級・二級とも価格は大手に右へ倣えで統制価格の様でした。(大手は自分たちで作った価格に対して値引きをして安売りが始まったのです。)したがって特定名称酒は二級普通酒より高価であり家計にひびくほど飲酒量が多いことも相まって、特定名称酒への移行は価値を余程認めてくれないと厳しい時代でした。飲み比べの楽しさなど誰も知らない頃ですから、とにかくお客様の口にどうやって運ぶかの方法が頒布会でした。とにかく味わってみてほしかったのです。
秋田県で一番先に本生酒を発売したのは天寿でした。今では信じられない様な事ですが、当時二万石市場と言われた秋田の本荘市由利郡では酒販売店のすべてに全酒蔵が営業と配送をしておりました。ですから前年に一回火入れの生貯蔵を発売し、全店が「生酒は熱殺菌していないので冷蔵しないと悪くなり、悪くなった牛乳と同じで返品できない」等の啓蒙活動と共に冷蔵庫に貯蔵してくれていることを確認してからの本醸造本生の販売が出来ました。旧二級酒9割からの脱出を目指し、特定名称酒増大策の最初のヒットでしばらく生酒単品の秋田県一位をキープしました。
願いは自分で叶える
杜氏 一関 陽介
去る五月二十日に発表されました「全国新酒鑑評会」において、「金賞」を受賞いたしました。これで四年連続の金賞受賞となります。振り返れば、私が杜氏を拝命してから今年で十四年目。その歩みの中で七回目となる金賞(入賞は金賞を含め通算十二回目)の栄誉をいただくことができました。毎年、この鑑評会の結果を待つ時間は身の引き締まる思いがいたしますが、こうして今年も最高の結果を残すことができたのは、何よりも日頃から天寿のお酒をご愛飲くださるお客様のおかげです。この場を借りて、御礼申し上げます。
今年の金賞受賞酒は、私にとって特別な意味を持つ一本となりました。それは、「いつか、この地元で育った百田という米を使って、全国の舞台で金賞を獲りたい」という願いがかなった事。また、「天寿酒米研究会」の会員でもあり、三十八年にわたり天寿の酒造りにご尽力された佐藤さんが今期の酒造りを以て引退されるとのことで、この地域の風土を信じ、汗を流して丹精込めて育て上げてくださっている佐藤さんの米で一緒に酒造りができる最後の年である今年度は必ず金賞を獲るという私の決意が形になった事です。
少し大きな話になりますが、私たちの蔵はこの地で一九六年という長い歴史を歩んできました。その歳月の中には、ひたむきに酒造りの伝統と技術を繋いできてくださった先輩蔵人達がいます。その受け継がれてきた技術と、地域の方々が守り抜いてきたこの土地の「水」と「気候」で今私達が地元の最高の米で最高の賞を獲ること。それこそが、歴史を繋いでくれた先輩方への私なりの最大限の敬意の証明になり、恩返しになるのだと確信しています。また、口には出していませんが、その私の強い想いに共感し、一緒に仕込みに挑んでくれた蔵人メンバー。彼らの努力が結集したからこそ、この金賞という最高の成果を掴み取ることができました。これ以上ない、私の誇れる最高の仲間です。
この私の熱い想いと蔵人達の魂を込めて醸した金賞受賞酒が、六月十一日に発売となっております。一口飲んだ瞬間に、鳥海山の麓に広がる美しく清らかな空気、天寿酒米研究会の田んぼを吹き抜ける風、そしてこの地で一九六年培われてきた人の温もり。「由利本荘矢島」の豊かな風土そのものを、五感で感じていただきたいという願いが込もっています。
是非、この機会に私たちの自信作をお手に取っていただき、自然の恵みを心ゆくまで堪能していただければ幸いです。皆様の特別な時間に寄り添う最高の一杯となることをお約束します。